かなぶログ Season1

犬猫の話、日常のいろいろ〜備忘録

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これまでブログのお引越しを繰り返した事で、たくさんのコメントが消えてしまいました(T-T)本当に申し訳ありません!すべてその都度読ませていただきました<(_ _)>温かいコメントやメールなどいつもありがとうございます!
FAMILY

【まる】マルチーズ♂
1996.06.20〜2008.04.24(享年11歳)
おっとりのんびりマイペースなコでした♪
【ポン】ペルシャとのMIX♀
目の色:ゴールド
1986.3〜2006.07.17(享年20歳)

【ちびまる】MIX♀目の色:グリーン
1987.04.06〜2005.08.08(享年18歳)
ポンちゃんの娘
【チャッピー】MIX♀目の色:ブルー
1991.02.24〜2008.05.08(享年17歳)
ちびまるの娘
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辛すぎて
今日の夜中の2時頃病院から容態急変という電話があり、夫と病院に向かった。

39度以上熱が出ていて、とても辛そうにしていたけどどうにか治まってひと安心。
病室は宿泊できるので夫を寝かせて、私はずっと母のそばで手を握ったり話しかけたり
一晩中起きていました。人間こんな時は全く眠らなくても平気なものですね。
今も全く眠くありません。体中に緊張感がみなぎっているような。

ただ・・昨日までの強い決意はどこへやらという出来事があり、頭が混乱しています。
医師からの提案にもこれまでのように冷静に答えられず、感情的になってしまいました。

今日の話はヘビーな長文です。ブルーな気分になるかもしれません。
別にいいよという方のみ続きをお読みになってください。
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| 両親の話 | 23:00 | comments(4) | - | -
母 眠る
今日の夕方、母は眠りにつきました。
とは言っても亡くなった訳ではありませんが・・
もう2度と会話を交わす事も何もできなくなりました。
延命治療は拒否している為、人工呼吸器などはつけていません。
ただただ眠っています。そのまま天に召されるのを待っている状態です。
そんなに長くはもたないでしょう。

食道が癌に押しつぶされてしまった母は、とうとう気道まで狭くなり、
その狭くなった部分に炎症が起きて呼吸困難となりました。
最後の頼みであった抗生物質が効くのを願っていましたが、
その思いむなしく、とうとう今日の日を迎えてしまった・・
末期癌であり、その癌の位置的にもこれ以上前向きな治療はできず、
モルヒネや睡眠薬、麻酔薬などの投与で意識をなくしたのです。
それは母の最後の願いでした。
「今まで散々がんばってきた。もうがんばりたくない」という母の言葉に、
私は何も言う事ができませんでした。

でも、最後のお別れはできました。夫も間に合いました。
本当は朝の時点で眠らせてほしいと懇願していたそうなのですが、
医師が「ご家族がくるまでなんとか・・」と説得してくれたそうで
モルヒネを打ち、苦しみの中、なんとか待っていてくれて。

たくさんお話しました。
今までケンカもたくさんしたし、嫌な事もいっぱい言ったけど、
母の子供として生まれてきてよかったと。
今までずっと一緒にいられて本当に楽しかったと。
母とはまるでケンカ友達のようだった夫も、たくさんお話していました。

ありがたかったのは、最後の風景がこんなお部屋じゃあまりにも・・と、
病院側で特別室の個室を用意してくれたこと。
(それまで2人部屋だったのですが、古くて少し汚かったことと、
隣の方がおしゃべり好きでお見舞い客とワイワイうるさかったのです)
そして、主治医も看護師も、大勢のみなさんが一緒に泣き、悲しんでくれたこと。
闘病期間が長かったこともありますが、意外に(!)好かれていたようで
いろいろな方が”新人時代にお世話になりました”と挨拶をしにきてくれました。

「しあわせだったしあわせだった」と、最後に母はつぶやきながら眠りにつきました。
| 両親の話 | 23:05 | - | - | -
ちょっと大変(母の話)

チャッピーは回復のきざしを見せていますが、私の母の方はもうダメかもしれません。
今までも、もうダメかもという状況を何度も何度も乗り越えてきましたが、
今回は今までとは違います。
チャッピーと同時期に呼吸に異変が起こり、とうとう呼吸困難となりました。
昨日から入院しています。

今日主治医から連絡があり、病院で検査の結果と今後の相談をしましたが
結論として
「最後の最後は苦しむことがないようにしますのでそれは安心してください」
という事で話は終わりました。
母はとても喜んでいました。久しぶりに見た安堵の表情でした。
積極的な治療はもうしません。もうじゅうぶんがんばってきたから。

胃ろうを造り、食べる事も飲む事も満足に出来ずに5年間、母は本当によくがんばりました。
これ以上呼吸困難が続き、改善がみられない場合は、強い麻酔などの薬剤で眠らせ
意識をなくしてしまいます。
そうなってしまったら、もう2度と話をすることはできなくなるでしょう。

癌が再発してから母は痛み苦しみの連続でした。でも、やっと解放される。楽になる。
これは母にとって良いことなんだと自分に言い聞かせていますが、私にとっては
母との別れはあまりにも辛く、今、必死で強くならなくてはと踏ん張っているところです。

余命宣告では、昨年の1月頃までもつかどうか・・と言われていました。
それから1年と3ヶ月、神様がくれた”おまけ”だと思って過ごしてきました。
久しぶりに画像で見た癌は巨大で、今、生きているのが不思議なぐらい。
神様には感謝してもしきれないほどの素晴らしい時間をいただきました。

でも・・だけど・・・
もっともっと一緒にいたいと、やっぱりそう思ってしまいます。
呼吸が楽になり、今までのように少しでも元気な母に戻り、
ずっとずーっと一緒にいられますようにと願っている自分がいます。

| 両親の話 | 23:55 | - | - | -
64歳 母の誕生日



ママ、お誕生日おめでとう。

本当に嬉しい。
きっとこれからもずっとずっと一緒にお祝いできるよね。

最近では水さえ喉を通らなくなってきた母・・
それでもいつものようにケーキを頼んだ。
ちょっとだけ、なめるだけでもいいからと・・

苦しいよね。辛いよね。もう5年もこんな思いしてる。
私が半分引き受けたい。なんなら全部でもいいよ。

私、ようやくまともな食事を作れるようになったのに。
しかもすごーく(!)おいしいのに。(笑)
おいしいご飯、いっぱいいっぱい食べさせてあげたいよ。

長生きしたら、その間に医療も進歩して治る時がくるからね。

きっともう少し、あと少し・・・

未来は明るいと信じてる。

| 両親の話 | 17:00 | - | - | -
2007年 母の日



今日は母の日でした。

いつもたいしたことできなくてごめんね。

でも、毎日毎日・・

ママがお母さんでよかったなと思っています。

お互い気が強くていつもケンカになっちゃうけど、
大大大好きだよっ

病気が治りますように。

ずっとずっと一緒にいられますように。

| 両親の話 | 14:00 | - | - | -
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